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シンノオル医療について

(人体にシンノオル電流を通すとなぜ健康になるのか)

人体に平流の種類の電流を通ずると、

(+)極のところから電流が組織液を通って(−)極の部位に向かって

全面的に流れる。

その間において、組織液は電気分解されて

(+)極の方には陰性の遊離原子が集合し、

(−)極の方には陽性の遊離原子が集合する。

この陰、陽の両原子はそれぞれ適度に適所において、

他の原子と結合して、

有害なるものは排泄され、

有用なものは吸収されるという、

変化し易い新陳代謝(食物が糖に、糖が肉に、肉がまた血となって消費するように、変化の道程を医学では新陳代謝という)

が得られるのである。

このことは、シンノオル電療前後を比較してみると、

その体から排泄する尿の比重がいずれも減少して居る事実によって証明される。

治療前の尿比重より治療直後の尿比重の方が例外なく低下することは、

その尿内に遊離原子のガス状態が多いことの証明である。

この遊離原子がイオンエネルギーを放出して、

新たな物質が構成される。

これすなわち新陳代謝の強化を物語るものである。

理論物理の上から考えるならば、

ガス状態の原子は個体状態の原子よりも分離しやすいことは勿論である。

それは、

ガス状態の水素と酸素とから出来て居る液体である水の中においてのみ、

ものが変化し易い事実でも明らかである。

我々人体に最も有用である、水・塩・脂肪・蛋白などそのいずれもが、

水素・酸素・塩素などの気体原子が主であって、

個体原子は極めて少数であるから、

ほとんどすべてが電解によって容易に遊離し得るものである。

従ってまた、遊離原子が他の原子と結合しやすいことも、

当然なのである。

しかも、

肉体の殆ど全部が水のバケモノと考えてもよいほど、

水分が多いのである。

その水分は、水素・酸素なる両気体原子が、

他の何物かの支持によってのみ液体化して居るものであることが明白である以上、

生きられない方がむしろヨッポド難しいことではあるまいか。

病者、医学者ともに反省せねばなるまい。

(冊子・21世紀の健康医学“シンノオル”より 『シンノオル医療について』 創始者 諏訪二山 より抜粋させていただきました)

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『人間の生命』について

前述した如く、宇宙の「生」は七色の虹を現わす気体の波動であるとの構想を基礎として、

我々人間がどう生きて居るのであるかを究めねばならないのである。

さきにも述べた現代医学の生理学においては、

人間の生命は宇宙の「生」の一部分にしか過ぎぬと書いてある。

そうしてその宇宙の「生」が明らかにされて居らぬが、

シンノオル医学においては、この宇宙の「生」は気体の波動であり、

この波動は虹を現わす七種の波長のものであって、

その内の紫色を現わす気体の波長こそ宇宙の「生」である、

と主張しているのである。

また、種苗の先端に持って居る朝露に、

この宇宙の「生」である七色の虹を示して居る事実から、

宇宙にある気体は絶えずものの差が平均しようとする働きから波動を起こして居り、

太陽・月・地球三体の、引力の差が平均しようとする現象から起こる自然現象が、

虹を現わすのであるとも主張するものである。

さて、シンノオル医学として人間の生命を究めるには、

電気の定義、自然の電気、原子の陰・陽などについて充分の基礎常識が必要であるから、

本書の当該項を今一度熟読されたい。

宇宙間、どんなものでも引力がある。

人間の肉体でも、皮膚の外部にある気体を吸引して居ることは論がない。

その肉体の引力の届くところまでが、その人の肉体の外郭であると、

シンノオル電子科学では主張して居るのである。

この肉体外郭の気体層は、七種類ないしそれ以上の波動を持って居る。

その一つの波でも常に陰・陽の力の動きを持って居ることは、

虹の現われで否認は出来ない。

このように幾田の力を受けつつも、

肉体の凝結力はそれに対抗して肉体を支持して居るのである。

我々の生きて居る真理の考え方には、これまでいろいろの観かたがあった。

すなわち、すべてのものは微細な生物の集合体から成り立って居ると考え、

正しい細菌(生かそうとする菌)と、その反対の正しくない細菌(生かすまいとする菌)とがあり、

この二様の細菌の集合によって我々は生きて居るのである、

という考え方。

またいろいろの神経があって、

その神経の働きの相反する変化が繰り返えされ、

その働きがもととなって生物は生存するものだ、

という考え方。

また、筋が運動を起こすと、その運動によっていろいろの分泌が起こり、

またその分泌液によって、筋の反対運動が起こる。

かくしてその運動の継続によって生物は生きて居るのである、

という考え方、などである。

ところが、人間の知識が発達して、このいろいろの見方も変化して来た。

これまで物質は、究極するところは92種の原子から成り立って居るのであるとされていたが


科学の進歩によって、その単位と考え来った原子も。

これを更に分割することが出来るようになったことなどである。

新しい原子も発見されたし、

どんな原子でも陽核電子との陰・陽関係の集結によるものであることが判明し、

証拠立てられるにも至った。

この科学的な進歩に伴って、当然人体生理に対する考え方も改められるべきであろう。

そして今、この電子論を基礎とした生理の根幹を、ここに究めようとするものである。

我々の生命を存続するためには、食物を必要とする。

その食物が、唾液を混じて糖化するのも物質の変化であり、

糖化した液体が、血管にあっては血液となるのも物質の変化である。

血管の末梢において、動脈血管から細胞間に出て血が肉となり、

また細胞間より静脈血管の末梢に吸収される際の、

將液の原子が血液となるのも物質の変化である。

呼吸器において、気体を吸収して血液となし、

或は、呼吸器の血管の末梢より血液を気化して排出するのも、

皮膚の表面において、汗の孔より細胞の原子を気化して排出したり、

人体外部の気体の原子を、汗の孔に吸収して液化するのも、

すべて物質の変化である。

しかしてその物質の変化する理論は、いずれも自然に発生する電気現象であり、

またそこにおけるイオン化原子の発生も、自然現象であることは疑いない事実である。

前にも説明したように、

物質は他の力を受けて、そこに電気を発生する。

その電気によって物質は破壊され、イオンエネルギーを発生する。

そのイオンによって、他の物質が出来る。

これが医学でいう、「新陳代謝」なる力の科学なのである。

橋田医博の生理学の結論に見ても、

「在来の生理学は、栄養と生長の如き、生命現象の重要な方面の記述が欠けて居る」

ということを明らかに告白されて居る。

生体の活動は、すべての器官の働きの現われであるように説明されてあるが、

各機能・各器官の活現象そのものが、生命ではあるまいと思う。

すべての器官の活動を起こす原動力(自然の電気)、そのものが生命であると信ずる。

この原動力こそ、物質の変化ある原理に外ならない。

そしてその物質の変化は、

以上繰り返し述べ来たった気体中か、液体中においてのみ行われ得る、

電気現象とイオン現象とに外ならない。

以上の如く、電子論における物質変化の真理を基礎として、

我々の肉体について生命の根幹を求めるなれば、次の三つが考えられる。

一、食物なる物質を口を経て胃に送り、口中ならびに胃中において、幾つかの原子は少なくとも、体温というエネルギーに触れたことにおいて、そこに電気を発生し物質は破壊され、イオンを生ずることによって物質の変化が起こる。

二、皮膚の汗の孔に液体が現われ、この液体に太陽のエネルギーが触れる。このエネルギーによって肉体を構成する物質は破壊され、そこにイオンが生じ、この電気現象とイオン現象とによってそこに物質の変化が起こる。

三、鼻腔または口腔より空中の諸原子を吸収し、それを肺において液体化し、そこにまた肺血管内の不必要物質を気化して排出する。ここにも、物質の変化が起こる。

電子理論を基礎として我々の肉体の生理現象を案ずるならば、

以上の三ヶ所において活力を生ずる電子論以外に、物質の変化する根幹を認むることは出来ない。

しからばこの三ヶ所の電気現象こそ、

われわれが生命(いかされ)て居る根幹であることは、疑いのない事実である。

それらは左の如く、簡潔に云い表わすことが出来る。

すなわち、人間の生命は、

一、胃腸内に起こる自然の電気現象

一、皮膚面に起こる自然の電気現象

三、呼吸器に起こる自然の電気現象

の三つの力であるといえるのである。

この三つの力が宇宙の「生」とはどんな順位につながって居るのかを考えるならば、

宇宙の「生」なる体外気体との直接関係は、

第一位 皮膚面に起こる電気現象

第二位 呼吸器に起こる電気現象

第三位 胃腸内に起こる電気現象

である。

しかし第三位の力は、前記二つの力によって失われる物質の補給であるから、

前記二つの力あって初めて、必要なのであることを知らねばならぬ、

ということが出来る。

(冊子・21世紀の健康医学“シンノオル”より 『人間の生命』について 創始者 諏訪二山 より抜粋させていただきました)

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『育児の衛生』について<その2>

(大自然に即した赤ん坊養育)

その上に誰が決めたか、

赤ん坊には赤い着物を着せる習慣が昔からある。

また一般に、女の児には赤い着衣、男の児には白い着衣という習慣もある。

これも、理にかなった習慣である。それは、

●女の体は、男の体より陽性であり
●男の体は、女の体より陰性である

ということから考えると、

光線に対しては、男の児の方が女の児より強いことになるから、

光線に対して弱い女の児には赤を経て弱い光線を与え、

光線に対して強い男の児には白を経て強い光線を与えるということになる。

そしてまた、男の児でも弱い児には赤い着衣を着せるなど、

実に昔からのアリノママは有り難い。

次に赤ん坊は体温が高く変化が激しいから、

体温による放散が多過ぎるので風邪を引くという考えは、

一方を見てその裏が見えない考え方である。

なぜ、「自然」は赤ん坊の体温を高くするのか。

それは体温が高ければ放散が多くなることが当然で、

その当然の必要が赤ん坊にあるということなのである。

それが、赤ん坊のアリノママである。

つまり、放散が多ければ、そこに多くの力が発生する。

その力によって栄養を吸収するという、

赤ん坊に最も必要な発育力がその裏に発生する。

そしてその力に比例して、適当な栄養となるべき食糧を適当に吸収するのであって、

風邪を引くどころか、そこに宇宙循環の法則に叶う健康が恵まれるのである。

また、体温の変化が激しいものも自然の結果であって、

この変化が健康を調節してくれる自然現象である。

たとえば、大人の体に少し位悪い食物が入っても大した害にはならぬし、

それを排出するにも大した力は必要でないが、

赤ん坊は少しの悪いものでも直ちに影響するから、

そこに体温の変化も激しくなるというように、当然の結果なのである。

しからばどうすれば、その力に比例する適当な衛生が行われるかという問題であるが、

それは赤ん坊には母親の乳の最も淡いものを泣けば与え、

その量は飲むだけ与えればよいのである。

それが自然のアリノママであるから、

それ以上の考え方は絶対に必要がないのである。

そこで注意すべきは、

赤ん坊は純なものであるから、その意欲にまかせて「泣けば与える親の乳」でよいのであるが、

母親の意欲だけで母親を守って居れば決して淡い乳にはならない。

なぜなれば、母親はお産という大厄で脳細胞に出血が出来て居るなどのことがあり、

産後の母親は脳の動きが衰えて居るから、

体に必要があっても意欲にそれが現れないことが多いのである。

意欲の如何にかかわらず、

小便・汗・呼吸・乳によって失われる水分を、

絶対に飲まねばならぬとの真の衛生を忘れてはならない。

この摂取水分量の判定は、少なくとも排尿量の二倍であるから、

たとえば約180cc小便が出たなれば、

次の小便までに必ず約360cc以上の水分を飲む義務があることを、

承知せねばならぬのである。

それなのに現代医学は、

牛乳ならどんな牛乳でもその濃度には関係なく、

生後何日には何倍にと一様に淡めて赤ん坊に与えることをすすめ、

母親の乳はどんなに濃くてもそのままでよいという不自然、

しかも赤ん坊の体力如何にかかわらず、一定時間に一定量(しかも濃度の一定でない)を与え、

不自然に着衣を多く着せて

太陽の恵みとその体力とを無視した養育法と、

誤れる衛生と医学とによって不自然極まる育てかたで病を造り、

またその病の症状が自然の現れであることに気付かず、

症状を押さえて急性なる病を慢性に導き、

恵まれた強力なる赤ん坊の皮膚機能を衰えさせて居るのであることを心掛けせねばならぬ。

赤ん坊が生後百五十日くらいを経過すると、鼻汁とよだれが出ることは

誰でも知っている事実である。

赤ん坊が母の体内にある間に母親の体内の不必要な物質、

平たく言えば体毒を先天的に受け入れて居ることも当然であり、

それらの不必要なものが赤ん坊の頭部にもある。

その頭部の不必要なものを自然に、鼻汁やよだれとして排出するのである。

すなわち、体内にあってはよくないものを捨てる自然現象である。

しかしこの自然現象である鼻汁やよだれを排出することは、

体力がつかなければ排出し得ないのである。

現代医学でも生後百五十日経過して鼻汁やよだれを出すことを認めているが、

赤ん坊が弱いと百五十日経過しても鼻汁を出し得ない。

ところが世の母親の多くは、鼻垂れ子供は弱いと誤認して居る。

この鼻汁やよだれを出し得ない赤ん坊が、後で眼や鼻や耳などの病を起こし易いのである。

そのはなはだしいものは、脳の働きまで悪くするものがある。

耳だれ・中耳炎などのよく起こる子供を気をつけてみると、

納得出来る場合が多い。

近ごろの母親はそれに気がつかず、

かえって鼻汁を出すと何でも風邪を引いたといって投薬する。

その結果、ますます頭を悪くする向きが少なくない。

「自然」が不必要なものを鼻汁やよだれで捨ててくれる、

との感謝をもって赤ん坊を丈夫に育てて欲しいものである。

シンノオル療法を生後直ちに赤ん坊に行うと、

二十日くらいで鼻汁やよだれを盛んに排出する事実から見ても、、

体力さえ旺盛であれば百五十日経過せずとも

体毒が鼻汁やよだれに出るのであることは間違いのない事実である。

(冊子・21世紀の健康医学“シンノオル”より 『育児の衛生』について<その2> 創始者 諏訪二山 より抜粋させていただきました)

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『育児の衛生』について<その1>

(母乳の出ない原因)

子を産んで乳が出ない、

そんな不自然なことはないのであると強く私は主張する。

それは母親の不自然、不合理な衛生感の結果である

と強く認識して貰いたい。

母体内の組織液および血液が酸過剰だからである。

酸の性質は、凝結性が強く、分離性が弱い。

だから物質が変化する過程に、都合の悪いことが生じるのは当然である。

そこでまず、

如何にすれば、母体の組織液や血液の酸性度が淡くなるかを考えてみると、

母体から排出される水分より、多くの水分の摂り入れを行なうこと以外に適当な方法はない。

このことは誰にも理解出来る、ごくあたり前のことである。・・・

子供のためにと、栄養優先にして、酸性度の高い食事をすれば、

母体の酸性度は弱くなるどころではなく、

かえって酸性度が強くなって、

せっかく出始めた乳まで出なくなるのが当然であるから、

子を持つ母親は、排尿量の二倍半くらいの水分を、

必ず摂り入れることに頭を切りかえねばならぬ。

排尿量が増えて来ても、

その量の倍量の水分の摂り入れを継続すれば、

必ず乳が充分に出る。

そのよく出る乳、すなわち、淡くなった乳を、

時間にかかわらず、泣く時はこれを与える、

というように頭を切り換えること。

現代医学の方では、

意欲なき水分の摂り入れは胃液が淡くなり、

消化も悪くなって、栄養が悪くなるというが、

それは誤りである。

お産をすると、頭の働きが悪くなり、

脳の感覚が悪くなれば、

意欲の感じも悪くなるのであるから、

意欲によらず、排出水分に比例して、

意識的に水分を摂取し、

合理的な衛生を行わなければならない。

(自然に即した赤ん坊の養育)

日本人は、とかく幼児に着物を着せ過ぎる。

その理由として、赤ん坊は

○体温の変化が多く、従って体力の消費が多い。

○皮膚が弱いから、風邪を引き易い。

という二つの考えから、

その保健のために行われることであるが、

そこに「自然」という偉大なものの介在を主としない、

大きな誤ちがある。

まず母体から外界に出たときは、「赤ん坊」といわれるように、

実に全身が真っ赤である。

この赤という色について考えても、

赤は陽の極であるから、

太陽の光線は、この赤色を通じると、

弱い光となることは、

写真の現像などの処理に赤色硝子を使用することに見ても、

明らかなところである。

今まで母の体内にあって、光線の直射を受けなかったものが、

太陽光線の直射を受けなければならぬことになり、

この直射光線に耐えられるように、皮膚が赤色になっているのである、

という自然の現れであることが判れば、

自然の恵みは理解されて、その偉大さがうかがわれるであろう。

であるから、

赤ん坊の光線の吸収力が弱いことも判る。

そう考えると、

赤ん坊は裸にして置いてもよいわけである。

そこに着物なる物質が恵まれなくとも差し支えないほど、

自然の恵みは偉大なのである。(つづく)

(冊子・21世紀の健康医学“シンノオル”より 『育児の衛生』について<その1> 創始者 諏訪二山 より抜粋させていただきました)

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宇宙の生について(2)

一、次に宇宙の経済の字義を字源に求めるならば

経の字は=ノリ(常理常法)いつも変わらぬ道理。

上下、南北の方、物事のすじ道等の字義であり、

済の字は=荘敬の貌。すなわちおごそか。

多クシテサカンナ貌また威儀多き貌。

スクウ、タスク。

一、済の字を分析して究めれば

シ「水扁」に斉である。

斉の字は=タダシ(正)、タイラカ(平)、ヒトシ(等)、トトナウ(整)等である。

これにより済の字を案ずれば、

▽水=「正」タダシク「整」トトナッテ「平」タイラカに「等」ヒトシク荘敬な貌である。

このように究めれば、

宇宙の経済とは=常理常法、

いつも変わらぬ道理に従って、

水が「正」タダシク「整」トトナッテ「平」タイラカに荘敬の貌でめぐりて、

とどこおりないことである。

一、この宇宙の法則と経済とで、ゆるぎなく運行して居る、

太陽・月・地球の三体の間に

七色の虹を現わす気体の波動こそ

医学の言う宇宙の「生」であり、

そうしてこの運行のどこにも水が介在して居ることが考えられるであろう。

▽かさねて言う、

太陽・地球・月の三体おのおのの引力で、

おのおのの周囲の気体層に相異なる気体の波動が出来る。

▽月の気体層には最も短い波長の波動。

▽太陽の気体層には最も長い波長の波動。

▽地球の気体層には太陽と月との中間の波長の波動。

が起るのである。

一、この三体の波長の差で気体の動きが起り、

気体の動きは三体に自転を起こさせて、

そこに三の二倍の六種の波長の波が発生する。

一、この六種の波長の波動のすれあいで

紫の色を現わす波長の波動が起るのである。

一、これが太陽を中心とした宇宙が

「生」きて居る力の根源であると考えることが出来る根拠である。

一、この宇宙の「生」が、ゆるぎなく繰り返されて居ることは、

宇宙の法則と経済との完結のたまものである。

一、そうして、その宇宙の法則も宇宙の経済も、

太陽・月・地球の三体の運行を完成させるには、

そこに水(もしくは水の変化したもの)がなくては行えない事実から

これを案ずるなれば、

太陽・月・地球の外に水なくしては

宇宙の「生」もまたあり得ないと言えるのである。

一、この宇宙の「生」なる力によって、

植物でも、魚類でも、鳥、ケダモノ、どんな生きものにも、

生命があることは当然の常識である。

だが、この生命ということが、

ハッキリと科学的に理解されて居らぬのである。

一、生命は勿論もの(物質)ではなく、力である。

一、力を認識するにはまず力学的常識が必要である。

一、現代の力学では、力の原因は空虚であるとして居る。

一、だが、私はこれを否定する者である。

一、何となれば、空虚は瞬間発生してたちどころに消滅する現象であって、

決して存続しないのであるから、

力の原因はその空虚を発生する原因であると主張して居るのである。

一、そうして、現代においては、

総ゆる物質の原子は電気を帯びた粒子の結合である、

と決定して居るのである以上。

一、ものの差は電子数の差である。

一、電子数の差が力を発生すると考えることが当然である。

生命を科学的に認識するには、

電気の定義に基づいて自然に発生する電気(以下自然の電気と言う)の認識が絶対に必要である。

何となれば、

どんな物質でも原子から出来て居り、

その原子は陰と陽との電気を帯びた微粒子の結合体であり、

この原子が他の力を受ければその受けた力によって電子が移動して、

そこに電流を発生するという理論が科学的に証明されて居る今日では、

二つの物質ないしそれ以上の物質が同時にどんな力に触れても、

そこに電気力が自然に発生することは電気の定義で当然の事実であろう。

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